捨てる?捨てない?子供の写真。
主人が独身の頃から使っている隙間ダンス。今は私の部屋になんとなくあるのですが、人生第2の巣作りの為、粗大ゴミに出す事にしました。(本人には許可取ってなし。笑笑)
中身は、最後の最後まで捨てられなかったもの。
期限切れのパスポートや、へその緒。
ゴミのようなものも多かったので、半分はゴミ袋へ入りました。
そして、この2つのバケツに収まりました。
その中には、アルバムには貼りきれなかった子供の写真なども入っています。
結局捨てる事はできませんでした。
その点では今の子育て世代はデータで保存しているでしょうから悩みは不要ですね。
しかし、デジタルとは違った・・アナログ写真というのも・・なんと言うのでしょう、なんだかノスタルジックな味わいがあるもので、これは並べて比べてみると何かどこかが違うのですよね。
昔はフィルムを現像に出して、出来上がりまで期間もお金もかかるものだったので、今のようにパシャ!SNSアップ!みたいな簡単な意味を持つものではなかったからでしょうか。
写真は大事な貴重なものだったように思います。
今はもう二人とも大学生となりましたが、
写真の中の我が子はなんと小さかった事でしょう。
当時は喘息やアトピーで病院通い、言うことを聞かないし、辛い辛い子育てだったとばかりブログにも書いてしまいますが、
この写真の中の世界が、
これが「私の20年」だった事には間違いないのだから、
これが私の人生そのものだったんだな、そう感じています。
写真の良い所は、当時をフラッシュバックさせる事なんですね〜
ミニマリストの中では、思い出は記憶の中に、そんな風に書かれていらっしゃる方もいます。
それもあるかもしれません。
私ら世代くらいから、急速にハンディーカメラが小型化して運動会でもお遊戯会でもどの家庭でも1番いい撮影スポット陣取り合戦が行われてました。
「ファインダー越しではなく、実際の目で見ようよ」
そんなキャチーがやがて共感を得出したり。
今のSNS過剰と同じような感じですね。
捨てる事は絶対にできないな!そう思いましたが、紙媒体です。
そのくらいはいいのではないですか?棺桶にでも入れてもらおうかと思います。
それか、子供本人が処分するのもいいでしょう。
こんなものまで捨ててしまったら、
一体何を大事にして生きているという事になるのでしょう。
物の価値観と言うのも、以外に「ブーム」の影響は大きいです。
しかし最後に判断しているのは自分なので、読んだ本の著者のせいのもできませんね。
あまり流行に影響されすぎるのも、いかがなものかと思います。
築25年戸建、家計とセルフリフォームと《摩耗しない家事》
カサンドラは嘆き悲しんでばかりいても仕方ない。視角の情報の明確化、紐付け、簡素化を家の中にシステム導入する。見えない収納は「ない」と認識されてしまう。25年のモヤモヤの先に行きついた考えかた。
— KIKO&DEKO (@kikoanddeko) 2018年8月14日
脱衣所は、洗濯場所でもあり(大抵のご家庭はそうでありましょうが)とにかく狭い。
摩耗する家事
この25年間、タオル置き場も右往曲折して参りました。
洗濯機上の利用を考え、ラックを購入してみたり、棚をつけてみたり。
私は美容系のサロンで働いています。
セラピストではないのですが、備品管理や予約管理など。
あとは片付けなど店内の美化は「心配り」 なので 、タオルは端と端をキチンと合わせてホテルたたみ、置き方も棚の端にキッチリと合わせます。
外で仕事をし始めると、主婦たちがざわつき始めるのは、
「これって、外で仕事をしてやるとお金もらえるものだよね??」
仕事では緊張を強いられる作業をし、帰宅してまでしなくてはならないと言う理不尽なものがフツフツと湧き上がってきます。
そこで例えば、「専業主婦ならば、我が家もホテルたたみしたタオル収納で快適な生活レベルをキープできるのでは」と言った《ていねいな暮らし》に憧れと賞賛の声が生まれます。
《タオルのホテルたたみって?》
ホテルのベットメイクの仕事などをしていた知人もいるのですが、
ベットメイクやホームキーパーなどというワードで連想するのは、メイドさんです。
メイドさんはプロの仕事なのですが、主婦の家事はプロ?一体どのカテゴリに属するのだろ?これが長年の混沌とした不満と疑念の元です。
プロであったなら、ある程度のレベルを要求されます。
しかし家事であるならば、自分や家族が納得するものならそれでいいわけです。
私もこの25年、タオルを畳みづづけてきたわけです。
それは、収納する器のサイズに合わせて畳んできたわけで、
今はもうウンザリしています。
仕事ではプロの意識で、美しくお客様を迎えるために畳んでいますが、
家でまで摩耗したくありません。
できれば干して乾いたそのまま使いたいくらいです。
迷走してきて、現在行き着いた形が上の写真のようになりました。
お金をかけて棚をつける事も考えていましたが、100均のワイヤーを曲げてタオルはザックリ折で、放り投げ入れです。
家計
築25年の我が家ですが、戸建か賃貸か論争と言うものがありますが、
20〜30歳代家を購入すると、リフォーム時期が教育費のピーク時にやってきます。
若い当時は、長い長い先の事まで考えられませんし、またどのようになっているかも予想の域です。
そして、いよいよその時がやってきたのですが、現在大学生子供二人の本当の支出のピークであります。(年間300万円ほどの学費や交通費などの支払いがあります。)
なんとか二人卒業させるまで、家がボロいとか言ってる場合でもありません。
そして、教育費を払い終わったあとは、すっからかんで老後の資金危機に怯えながら暮らし始めるでしょうし、結局はリフォームは風呂や電気製品など切迫したものが優先されるになり、セルフリフォームをするしかありません。
ただ現在はネットなどで壁紙や資材など素敵なものが簡単に手に入るので、どのようになるか完成図を思い浮かべながら楽しんでやる事もできます。
まとめ
我が家は大手ハウスメーカーの注文住宅なのですが、その頃はまだ若く、実家であまり家事をしていなかったツケがまわると言いますか、まぁ家事動線と言うものが良く分かったいなかったというのもありますね。
家は三件建てたら理想どうりになると言われていることが実感している築25年の我が家です。
今度家を建てることがあったら、ここをこうしたい!と言うのは、細い事でもあり、それが家族の数、子供の成長とも連動して変わるものでもあります。
今は子供達も実家暮らしなので、洗濯物も山のようですが、私の思い描くような未来であるのならば、タオルをホテルたたみにする余裕のある日々がやってくるかもしれません。
しかし年を取ると言う事は体力もなくなるので、やはり摩耗する家事のやり方は早めに改革していった方がよいな、そう思う昨今です。
臭いくないニンニクの料理法。
ためしてガッテンでニンニクはやっぱりいいって言うのをやってたんですが、
ニンニクが予防医学に関して頂点な食べ物は百も承知なのですが、今回の放送はスメハラ対策に関してだったので大変役に立ちました。
何より衝撃だったのがニンニク臭って、皮膚からも1日以上匂いを発散してるって事実の方がおののいちゃって。
特に首元あたりからが、1番でてるらしいのです。恐ろしや〜!!!
なので首もとをおしぼりなどで頻繁に拭くのがいいらしいです。
そして今回の放送の匂いが出ない調理法。
皮ごと煮込み。さっそくマイホットクックでやっています。
(もちろん皮は食いません〜)
味は塩のみなんですが、ウインナーとニンニクから良い出汁が出てて美味しいです。
ニンニクから出た旨味成分は、味をまろやかにする効果もあるそうです。
そして、メインは焼くだけの調理肉なんですが、とにかくフライパン&油の組み合わせが大嫌い。洗い物がね。
スチームコンベクションで焼いていたんだけど、予熱とか結構時間がかかる。
そこで最近はガスレンジで焼いてるんですが、
カリッと焼く時には蓋なしで、冷凍枝豆とか蓋して焼くとホクホクして美味いですよ。(うほー!アフィ記事ぽい)
中火で8分、弱火で8分くらい焼きました。フライ返ししなくていいし、汚れないしマジお勧めです〜!(しつこくお勧めでっす!)千円ちょっとだったかな。
このまま食卓に出してもいいし、蓋して冷蔵庫に直行。
付け合わせは、カット野菜とブロッコリースプラウトで、全く本日包丁は一回も登場してない!素晴らしくないですか。合羽橋で買った名入り包丁が泣いてます。
一応、ガン患者なのでガン予防に良いってものは、積極的にとるようにはしてますが、主治医には「食べていけないものは何もありません」と言われてます。
乳がん=牛乳
悪説とか、嘘っこコピペブログは止めようね。
Q1. 食生活と乳がん発症リスクとの間に関連はありますか。 | ガイドライン | 患者さんのための乳癌診療ガイドライン 一般社団法人日本乳癌学会
乳製品の摂取は乳がん発症リスクを高めますか。
【A】乳製品の摂取によりむしろ乳がん発症リスクは低くなる可能性があります。ただし,牛乳そのものと乳がんリスクの関係についてはよくわかっていません。
最新では、発症リスクは低くなる可能性あり、となっております。(2018年現在)
ただし、乳製品と言うのは牛乳から砂糖がたっぷり入ったクリームまでいろいろなものを指します。生活習慣病に良くないと言われているものは他の病気にも良くないって事じゃないですか?
それに食べ物だけで病気は防げません。
車に乗る限り事故に遭う可能性があるのと同じようなものです。
なのでコピペブログで「ガンにならない何ちゃらは」とか書いて欲しくないのですよ。
患者たちは、まるで不摂生しててガンになったみたいに言われて傷ついているのですよ。
そこんとこよろしくお願いしますわ。
「嫌になる気持ち」の捨て方。
もう!いやになる!
女の人は海馬が大きいので感情的になりがち。
細かな所まで気が配れる、気づけるとう点では仕事的にもデメリットばかりではないかな。
しかし、感情的と言うのは、プレゼン的には問題があって言葉や声の抑揚ばかりがめだってしまい「本論が伝わりにくい」と言う事が問題なのだと思う。
声の高い早口な私はかなり不利だな。
SNS
なんとなくネガティヴモードの時
「この人、またスイーツ食べてる!糖分とりすぎじゃないの」
「また自慢かよ」
平常モードの時
「楽しそうな所は今度自分も行ってみよう」
家事
感情的
なんでやってくれないの!片付けてもすぐに散らかす。
客観視
家族の行動観察してなぜ物を元の場所に戻せないのか、分析。
配置の工夫を再考。仕組み作りをさらに追求、ゲーム感覚で楽しむ。
仕事
それこそ家族でもなく、組織なので個人の感情は必要ない。
最近私はそう思うようになった。
先日も同業(美容)の長いキャリアを持つ人と話をしていたんだけど、他業種で今は働いているので、何が1番嫌になった原因だったの?と聞いたら、
やっぱり1番は人間関係。
この職種は、まぁ女の職場なんだけどプライドも高い人が多い。
保身のために平気で人を売るわけなんです。
「人として、良い人、優しい人でいたい」
そう言ってました。
ここは、尊厳の話なので確かに重要ですよね。
私も毎日、嘘つかれたり、ミスを私のせいにされたりする事もよくあるのですが、
正直、いちいち目くじら立てて「私じゃありません!」とか問答するもの面倒くさいので、自分は悪くなくても「気が利かなくて申し訳ありません」と言ってしまします。
誰が悪いとか、誰のミスとかいつまでもひきづって聞き取り調査とか時間の無駄。
しつこくしたからって、だからと言って会社は次のミスが起きないように改善する気はなく、ただ誰の責任なのか追求して始末書を書かせて、減俸することしか考えてないんだから。小さな個人経営は変わりません。
自分のモチベーションやマッチングしている限り継続し、
そのバランスが崩れたら、ほかの方法を探す。または取引をする。
感情など全く要らないな〜と思います。
仕事を感情的に解決すると言うのは、デモでもすると言う事でしょうか。
私は、相続の裁判の経験あり。
あとは家族が自動車事故の被害者。
その時に法律と言うものは、弱いものを助けるために出来ているわけではなく、それのどの部分に該当して解決するかなので、私が今度それを利用する時が来るとしたら、絶対に相手に手の内なんて見せません。先手必勝。
時が来るまでに、必要なものを集め揃えます。
そんな大事なものを愚痴まぎれに垂れ流すなんて、不利なことしかありません。
まあ、文句や愚痴で気が済んだと言うのなら別ですが。
感情的になると言うことは、実はもっともな事を言っていても、
「ただ不満を言っている、文句を言っている」
このように見えてしまうので、本論が伝わらない。
家族
1番、感情的になってしまう所。
家族と言うのは感情そのもの。
旦那さんに対しては、自分の人生の伴走者。
子供は自分の分身。
会社なんて「へ!」ですよ。
まとめ
昨日も子供の持病の検診でしたが、無事順調でした。
その時だけでも感じます。
「あぁ、何よりも1番なものだ。他の事なんか小さい事だ」
しばらくすると忘れちゃうんですよね。
またSNSで誰がどこ行ったとか、何食べてるとか。
会社だって、辞めたら縁切れるし、人生捧げるような気持ちでいてもいつどうなるかなんてわからない。
病気は辛いけど、大切な事を気づかせてくれるものですね。
半年で消えていったブログ達。
今週のお題「わたしのインターネット歴」
今年に入ってから、このブログを始めたけれど、気がつけば8月に入っていた。
管理画面に「購読中のブログ」と言うのがあるけれど、これは自分が読者登録したものだ。
産まれたてのはてなブログは「ここにいるよ」と存在をアピールするためには、
- 人のブログを読む。
- スターを付けて、存在アピール。
- 読者になる。
- 読者になってもらう。
- グループに登録し、新着記事をタイムラインに載せる。
「ブログチャレンジ」なるものがあって、ビギナーブログに、はてなブログの運営さんが指針なるものを提供している。
最近、私のブログのアクセスはグンと落ちた。
検索流入対策を全然していない所へ(好き勝手書いている)、
開設当時せっせと布教活動で読者登録していたブログが気がつくと、半分くらいがここ1、2ヶ月更新していない。
日記ブログって、読者登録してるブロガーさんしか読まないよね。
もしくは、ランキングサイト。これは私は登録していない。
検索流入が大事って言うのは本当に実感。
せっせとスター活動していても、その伴走者達が次々に脱略していったのなら、これは意味がない。
ある意味、仲間同士励まし合うって言うのもあるのかもしれない。
すごくいい事書いてたブログ、ためになった!と思って読者になったブログもあって、そう言えば最近、新着記事を見ていないと遡ったらはやり更新が止まっていた。
一言、何かお礼でも書き込んだら良かったのかな?
いや、そんな事じゃないいよね、きっと。
忙しかったり、またどこか違う所で書いてるのかもしれない。
最近、私は「アドセンスは取らなくてもよかったかな〜」と思う事がある。
(でもいい意味ではいろいろ勉強にはなったし、経過はドキドキしたり結構楽しめた。)
なぜかと言うと、それはgoogleと優良なコンテンツを作ります!と言う事で、許可をいただいたわけで、
では優良ではないと思われる、記事を生産してはいけないのか?
してはいけないと言うか、それは優良ではないとキチンと評価されてしまうので、違反行為はしていなければ、資格喪失と言うことはなさそうだけど、そのための記事づくりをしないのならばアドセンスはあってもなくても対して変わりのないものであるのかもしれない。
そんな事を書くと、今懸命にアドセンス取得のために頑張っている人にひんしゅくを買うかもしれないが、
私がamazonアソシエイトを取得したのは2005年で、
金額に達したタイミングで何度かすぐに換金してたんだけど、
以前やってたブログを放置してから、216円くらいがずっとそのまま残ってる。
銀行の凍結口座並だな、なんて思っていたけど、またブログに貼り付ける日がくるとは、わからないものだなと思った。
でも今は、どうしても収益のための記事作りをする気持ちにどしてもなれなくて、
なんだろな〜大矛盾。
きっとそれは、精神的に1番辛い時にブログを書いてきて随分助かったからかな。
何もしてない時間を埋めるように記事を書いてきた事は、私には良い効果があった。
術後2年半検診経過で日にち薬と言うのもあるとは思うけど。
そ〜なんだな、私はただの日記を書きたいんだな。
私は基本、ブログを書くのはやっぱり好きなんですね。
思う事を思うままに、活字にしていくのがただただブログの一番の楽しみかたなのだと思う。
ブログを書いていると、精神が安定する。
ブログを書くという事はやっぱりいい事なんだと思う。
徒然草。
日本人は、昔から徒然を綴るのが好きなんですよ。
しかしgoogleさんとの約束に嘘をついちゃってるかもしれません。
ただ摩耗したくないんですね。
お金に振り回されるような生活はしたくないっていつも書いてますもんね。
とりあえず、独自ドメインの更新は考えていないんだけど、はてなpro代が結構高いので、更新の今年いっぱいまでは、「寝かせ」くらいな気持ちで続けるのもありかな〜と、結構そんな気持ちでいます。
ブログ収益って、なんかキリがないものだなっと今の感想。
私の216円のゆくえは?
換金する日がくるのだろうか??
セリアのリメイクシートで25年目のキッチン明るくなりました!
ダイソーのこちらがいい!
っと言うレビューを拝見して早速買いに行ったのですが、なかなかいい!
クッション性があって、端を押さえるのにいいです。
ただサイズは小さいので、全体の空気抜きにはスクレーパーがいいですね。
キッチンの油飛びは思いの外激しいので、こまめに吹くことに磨耗するより100円で張り替えると言うのも、1つのアリかも。